2024年のイグノーベル賞「生理学賞」を、日本の研究チームが受賞しました。受賞理由は、なんと「哺乳類が肛門から呼吸できる」という、思わず笑ってしまうようなユニークな研究です。しかし、この発見は、単なるおもしろニュースではなく、私たちの医療に新しい光をもたらす可能性があるものです。
背景にある新型コロナウイルスの影響
この研究が注目された背景には、新型コロナウイルスのパンデミックが大きく影響しています。重症化した患者の多くは呼吸不全に陥り、従来の治療法では対応しきれない状況が発生していました。体外膜型人工肺(ECMO)という機器が重症患者の治療に使われていたものの、機器の数が限られているうえ、体への負担も大きいのが問題でした。そのため、新たな呼吸補助法が求められていたのです。
ドジョウに学ぶ腸呼吸の秘密
研究チームが着目したのは、ドジョウが水中で空気を飲み込み、腸から呼吸をしているという特性です。腸内で酸素を取り込んで二酸化炭素を放出するというこの仕組みは、哺乳類にも応用できるのではないかと考えました。そこで、酸素を含んだ液体「PFC(パーフルオロカーボン)」を豚やマウスに肛門から投与する実験を実施。その結果、血液中の酸素濃度が上昇し、呼吸不全の症状が改善されることが確認されたのです。
新たな治療法「腸換気(EVA)法」の可能性
この発見に基づいて開発されたのが、「腸換気(EVA)法」です。2021年に発表されたこの方法は、肛門から酸素を供給することで、従来の呼吸器治療の限界を超える新しいアプローチとして期待されています。臨床試験も既に始まっており、2028年までに実用化される可能性があります。
従来の呼吸器治療法の限界と新たな希望
これまで、呼吸器疾患に対する治療法は、禁煙や薬物療法、運動療法(リハビリ)、在宅酸素療法、人工呼吸器などが中心でした。特に、重症化した場合は在宅酸素療法や人工呼吸器の使用が一般的です。しかし、これらの方法には限界があり、すべての患者に最適な治療法が提供できるわけではありません。
その中で、この「腸換気(EVA)法」は、これまでの治療法を補完し、より多くの患者に呼吸サポートを提供できる可能性があります。特に、COVID-19などによる呼吸不全に対する新しい解決策として注目されています。
日本人の創造力が世界で評価される
今回のイグノーベル賞受賞は、日本の研究者たちが18年連続でこの賞を受賞するという快挙でもあります。武部教授は、授賞式で「お尻には秘められた能力がある」とユーモアたっぷりにコメントし、会場を笑いに包みました。しかし、この研究がもたらすのは笑いだけではありません。呼吸器疾患に苦しむ多くの患者にとって、新たな治療の希望として大きな期待が寄せられています。
この発見がどのように実用化され、私たちの医療に影響を与えるのか、今後の展開に目が離せません。
用語
・イグノーベル賞
「人々を笑わせ、考えさせる研究」に贈られる賞で、1991年にマーク・エイブラハムズがノーベル賞のパロディとして創設した。
「イグノーベル」という名前は、ノーベル賞の創設者に否定を示す接頭辞「Ig」を加え、恥ずかしい意味の「ignoble」と関連付けられている。
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